平成5年に考えられていた高校入試制度の改革
文部科学省が出した高校入試に関する【通知】というものがあります。それを見ていくと、学習指導要領の一挙30%削減の「ゆとり教育」、そして学力低下の指摘による過去の学習指導要領に揺り戻された理数系強化の新しい学習指導要領の大きな流れがわかります。
また、読んでいくと、つまり高校入試改革というのは、文部科学省が意図した方向を示し、それを高校側が実行しているだけだということもよくわかります。
以下、平成5年2月22日付で文部事務次官の坂元弘直氏の名前で出された文初高第243号【高等学校の入学者選抜について(通知)】という通達を見ていきましょう。この16年ほど前の通達が現在の高校入試制度の骨格をなしていることがわかるはずです。
通知の大きな項目だけをざっと抜き出してみますと、「1 公立高等学校の入学者選抜の改善について」の項では、
(1)多様な選抜方法の実施について
(2)多段階の入学者選抜の実施について
(3)入学者選抜の資料について
(4)学力検査の在り方について
などの7項目が挙げられています。
少し見ていきましょう。いずれも「 」でくくった部分が文部科学省の通知の部分です。
(1)多様な選抜方法の実施についてでは、「各学校・学科・コースごとの特色に応じて多様であることが望ましい」とし、「例えば,各学校・学科等ごとに,あるいは定員の一部ごとに,学力検査の実施教科や教科ごとの配点を変えたり,調査書と学力検査の成績の比重の置き方を変えたり,調査書の中の重視する部分を変えたりすることなどが考えられる」としています。
現在は入試前には調査書と学力検査の比率を各高校ごとに公表したり、高校によって、それぞれ選抜方法が少しずつ違うわけですが、それはこの通達によってもたらされたわけです。
(2)多段階の入学者選抜の実施についてでは、
「 ア 受験機会の複数化及び推薦入学の活用などにより,多段階にわたり入学者選抜が実施されるよう十分配慮すること」、
「イ 推薦入学については,専門学科のみでなく,普通科においても教育上の特色づくりと並行して一層活用されるよう配慮すること」
とあります。
専門学科のみならず、普通科でも大いに推薦入試を奨励し、受験機会を増やせと。これによって高校入試はほとんどの生徒にとって「一発勝負」だったものから複数の受験機会のあるものに変わったわけですが、子供たちの多くは学力検査なしでの受験を好み、推薦入試に殺到しました。殺到して競争倍率が上がり、まっとうな競争が行われている間は良かったのですが、受験生の趣向が「挑戦」から「入れる学校」に変化したことで、早い時期に高校入試を終えてしまうために推薦入試を活用する風潮も強まってきたのです。これは公立高校の話ですが、これに私立高校の早い時期の推薦入試が重なると、中学校のあるクラスでは半数以上が推薦入試で事実上の高校入試を終えてしまう場合などもあり、2月末から3月末までに実施される高校の一般入試前には中学校の授業が成り立たない事例も多く見られます。
ゆえに文部科学省ではこの通達でも、「3 留意すべき事項について」と題して、「(2)高等学校入学者選抜は,あまり早い時期に行われないようにするとともに,中学校の教育活動の成果を十分評価することができる資料及び時期により行われることについて特に配慮すること」と記しています。
しかし、入試シーズンにおける最初の合格発表から最後の合格発表までは約1ヶ月の間隔があり、受験機会の増大による負の面がここに出てきたといえるでしょう。また、私立高校も少子化の影響などで定員割れの恐れを持っており、できる限り早い段階での生徒の確保は経営上の大命題がゆえに、少しでも早く入試を行って早めに生徒を確保したいという衝動は依然強く、このバランスを取るのは難しく、中学校3年生の1月から始まる学校生活は事実上崩壊しています。
次に平成5年の文部科学省の通知では「(3)入学者選抜の資料について」と題して、「ア 合否の判定の際の調査書と学力検査の成績の比重の置き方については,生徒の選択の幅の拡大等のため,各学校・学科等,あるいは定員の一部ごとに異なる方式で合否の判定を行うことについての工夫がなされるよう配慮すること」と記され、多様な受験機会同様、多様な合否判定を行うことを文部科学省は求めています。
また、ここが今一番問題になっているところですが、「さらに,生徒の個性に応じ選抜方法を多様化させるという観点から,各学校・学科等ごとに,あるいは定員の一部ごとに,学力検査を実施しない選抜,調査書の比重を大幅に軽減する選抜や調査書を用いない選抜などを行うことも考えられること」とあります。
文部科学省の「行うことも考えられる」は、すなわち「やりなさい」と同義語のお役人言葉です。言いかえれば、生徒の個性に応じ選抜方法を多様化させるという観点から,
「学力検査を実施しない選抜」
「調査書の比重を大幅に軽減する選抜」
「調査書を用いない選抜」
などいろいろとやりなさいということです。
現在各都道府県が進めている改革というのは学力低下を防ぐため、また中学校の授業というものを3年間最後まで全うにするために「推薦入試でも学力検査を課す」というのが大きな流れですから、平成5年のこの通達は隔世の感があります。
一方、「(4)学力検査の在り方について」では、現在も大きな課題となっている点をすでにこの時から指摘しています。すなわち「 ア 学力検査の問題作成については,・・・・知識の量や程度を問う出題に偏ることなく,例えば論述式の解答を求める出題や思考力・分析力を問う出題を増やすなど,中学校の新しい教育課程で重視されるべき能力が適切に反映されるよう一層の工夫改善を図ること」とし、「学力検査の成績を主たる資料としつつ,面接や小論文・実技検査などを組み合わせて行うこと」が良いのではないかと示唆しています。結局、推薦入試では学力検査は行われず、調査書と「面接や小論文・実技検査」などによって行われるようになったのです。
この通達は、そのあとの「3 業者テストの偏差値を用いない入学者選抜の改善について」の項と大いに関係があります。
文部科学省では当時「(1)高等学校の入学者選抜は公教育としてふさわしい適切な資料に基づいて行われるべきものであり,業者テストの結果を資料として用いた入学者の選抜が行われることがあってはならない」とし、「業者テストによる偏差値等に依存した進路指導は行わないこと」と厳しく言い渡しています。また、高校側には「(2)入学者選抜に関し一切,中学校にあっては,業者テストの結果を高等学校に提供しないよう,また,高等学校にあっては,業者テストや学習塾の実施するテストの偏差値の提供を中学校に求めないよう,平成6年度入学者選抜から直ちに改善すること」とし、偏差値等の数値による進路指導がこのとき文部科学省によって厳しく戒められました。
この考え方に共感される方は多いと思います。しかし、それによって現場、つまり中学校の進路指導の負担は大きくなってしまったのです。確かに理想的には中学校における進路指導は偏差値に頼って行われるのではなく、「日ごろの学習成績や活動の状況等による生徒の能力・適性,興味・関心等に基づき総合的に行われるべきもの」なのでしょう。
しかし、送り出す中学校も受け入れる高校も絶対評価という当てにならない通知表、学力検査を伴わない推薦入試、教師の主に主観で書かれる内申書、主体性のない生徒などなどなんらものさしになる材料や制度がないまま、このような通達が行われたため、現場の教師の投げやり感は次第に高まっていったのでした。これまで大きな問題にならなかったのは少子化による高校入試のほぼ全入時代を迎えつつこと、子供たちの「入れるところにできるだけ早く」という安易な気持ちがあったからともいえるでしょう。
文部科学省は「・・・・業者テストの偏差値等に依存して,中学校において生徒の適性や希望などを無視して生徒が志望する高等学校を受験させないよう指導したりすることがないよう,直ちに改善すること」と指示し、これによって中学校では一切の業者テストは行われなくなったのです。中学校は進路指導の大きな柱である偏差値を失ったのです。それによって偏差値による進路指導がなくなったわけではありません。中学校が行わなくなったテストは子供たちが通う塾が代わりに請け負うようになったのです。
志望校に迷った場合、保護者は中学校には行かずに、塾に行って「合格するでしょうか?」と聞き始めたのです。平成の塾の隆盛はこの通達によるところが大きいといえるのかもしれません。
結局、現在では中学校で業者テストが実施され、そのテスト結果に基づいて志望校の進路志望が行われています。また、平成19年からは、国が「全国学力・学習状況調査」と銘打って日本全国の小中学生全員を対象としたテストも実施されるようになったのでした。
学力低下、それは国挙げて求めた制度によってもたらされたもの。そういうのは言い過ぎでしょうか?
今回紹介した通達はさらに平成9年の通達につながっていくのですが、それは改めて紹介することにしましょう。